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2005年7月17日 (日)

祟り

もう一年以上も前のことだが、

渋谷の稲荷神社に武道館があって
そこで身体を目覚めさせる あるトレーニングを習った。

もう何回かレッスンは受けていたのだが、それまでは別の会場だったので、

ここはそのときが初めてだった。    

初めてきたので、  早い時間についてしまった。    

稲荷神社の向かい側には八幡神社があり、
ちょっと手を合わせてみようかな、と思った。
一神教的な信心は一切無いのだが、
何か清めのようで、そういうことは嫌いではない。

   しかし、先客がいた。
 若い女だ。  
  それで、神社の周囲を一回りして時間を潰し、また来た。    
  もう三分ばかり経っているのに、  まだその女が手を合わせて立っている。

   その後は七十歳くらいの男だ。  
  これも五分は立ちつづけている。    

  賽銭箱の前で五分も  手を合わせているなんて、不気味だ。
 
 自分のことを五分も願いつづけているのなら、  もう、それは呪いに近い物ではないか、と思った。    

そのとき、初老の女が大きな犬を神社の中に連れ歩いて鳥居をくぐった。  

この神社は呪いに汚れていると思い、気味が悪かった。    

平安時代、人々が祟りをや呪いを怖れたのは当然のことだと思った。

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